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マレーシアの歴史解説!植民地時代から多民族国家を成立させるまでの道のり

マレーシア歴史

旅行や移住先として人気のマレーシアですが、正式な国として成り立つまでに激動の歴史を経ています。

過去450年の間に植民地として複数の国に占領され、様々な民族が移住してきました。

約60年前にはシンガポールがマレーシアから分立しています。

そんな歴史を経てもなお、他民族が入り混ざり差別や暴動もなく平和に成り立っているのは世界的にみても珍しいことです。

そこで本記事ではマレーシアの過去600年の歴史や、マレーシアの魅力について紹介します。

マレーシアの基本情報

マレーシア歴史

マレーシアは赤道近くの南シナ海に位置する国で、海を挟んで西と東に分かれています。

西マレーシア(マレー半島)はタイと地続きで繋がっており、東マレーシア(ボルネオ島)はインドネシアとブルネイと地続きで繋がっています。

インドネシアやフィリピンとも近く、マレーシアに長期滞在する際に隣国に観光に行く人も多いです。

その他マレーシアの基本情報は以下の通りです。

  • 面積:約33万平方キロメートル(日本の約0.9倍)
  • 人口:約3,350万人(2023年時点)
  • 首都:クアラ・ルンプール(KL)
  • 通貨:マレーシアリンギット(RM/RM1=約31円(2024年3月時点))
  • 民族:マレー系70%、中華系23%、インド系7%(2023年時点)
  • 言語:マレー語、中国語、タミル語、英語
  • 国教:イスラム教64%
  • その他宗教:仏教19%、キリスト教9%、ヒンドゥー教6%、その他2%
  • 日本との時差:1時間

マレーシアは赤道に近いため1年を通して暖かく、年間平均気温は26〜27℃で1年中半袖で過ごせます。

季節は雨季と乾季の二季で、西マレーシア(マレー半島)の雨季は5〜9月、東マレーシア(ボルネオ島)の雨季は11〜3月です。

マレーシアの主産業は製造・サービス業で日系企業も多数進出しています。

参考:マレーシア基礎データ(外務省)

激動の歴史を持つマレーシア!過去600年を総まとめ

マレーシア歴史

マレーシアの歴史は、現在の国の大元となるマラッカ王国から始まります。

その後、約450年にわたり植民地時代を過ごし、今から約60年前に現在のマレーシアが誕生しました。

本章では、マラッカ王国建国から現在のマレーシアに至るまでの600年の歴史について、以下の順で解説します。

  1. 1396年:マラッカ王国建国
  2. 1511年:ポルトガル占領時代
  3. 1641年:オランダ占領時代
  4. 1896年:イギリス植民地時代
  5. 1942年:日本占領時代
  6. 1945年:再びイギリス植民地時代
  7. 1963年:マレーシア独立
  8. 1965年:シンガポール独立

歴史を振り返ると、異国情緒あふれるマレーシアの秘密がわかります。

日本もマレーシアの歴史に深く関わっているので、ぜひ知識を深めてみてください。

1396年:マラッカ王国建国

1396年、現在のマレーシアの首都「クアラルンプール」から南に約140km、車で約2時間30分かかるマラッカを中心にマラッカ王国が建国されます。

日本で例えると、東京駅から静岡県伊豆市までの距離に相当します。

現在のインドネシアのスマトラ島も含まれており、周辺の海洋民族を従え東南アジア最大の港市国家として栄えました。

そして1500年代に入ると、様々な国や商人との交易が始まります。

【マラッカ王国の交易先】
・明(中国)
・インド
・琉球王国(沖縄)
・イスラム帝国(サウジアラビアを中心とした周辺国)のムスリム商人
・ポルトガルなどのヨーロッパ商人
など

全方位から各国の商人が集まり、マラッカ王国を拠点として世界各地にさまざまな国の交易品が広がっていきました。

1511年:ポルトガル占領時代

1948年以降ポルトガルのアジア進出が始まり、はじめにインドが占領されます。

1511年にはマラッカ王国も武力攻撃を受け、ここから約100年間ポルトガルの占領下となりました。

ただ、マラッカ王国は正式に滅びたわけではありません。

当時のマラッカ王は武力攻撃を受けた際に逃げることができ、マレーシア半島の南端、ジョホールにて王の息子がジョホール王国を建国します。

このジョホール王国がマラッカ王国そのものと認識されており、曖昧ではありますがマラッカ王国は滅びていないとされています。

ちなみに、当時ポルトガルが建てた「セントポール協会」や「ファモサ要塞跡」はマレーシアの観光スポットとして人気です。

またこの時代にポルトガル人によって、マラッカを経由して日本に火縄銃が伝来しました。

フランシスコ・ザビエルもマラッカ経由で日本に到着しています。

【参考:生田滋「東南アジアの伝統と発展(1998)」p.357〜358】

1641年:オランダ占領時代

1641年、今度はオランダがポルトガルを追放しマラッカを占領しました。

数回にわたって攻撃しましたが、最終的にはジョホール王国のマレー人と手を組み、ポルトガルを追放しています。

なお、当時オランダが作った「スタダイス(当時の役所・官邸)」はマレーシアの観光スポットとして人気です。

マレーシア歴史

現在スタダイスはマレーシアの歴史博物館として利用され、貴重な展示物が一般公開されています。

1824年:イギリス植民地時代

オランダがナポレオン戦争で本国をフランスに占領された隙に、イギリスがマラッカを植民地化しました。

【植民地と占領の違いとは?】

  • 植民地:主権が完全に奪われている状態
  • 占領:一時的に支配下におかれ、合意の元に占領される場合もある。半主権状態。

1824年にイギリスオランダ協定によりマラッカはイギリスの支配下になり、オランダはスマトラ島のベンクーレンを獲得しました。

この時点でマラッカは、東はイギリス・西はオランダとマラッカ海峡を挟んで2つの国に支配された形になります。

またこの時期からイギリス領のマラッカは、「イギリス領マラヤ」に名称が変更されます。

なお、イギリスはこの時代にインドや中国から労働者を大量に雇い、現在のマレーシアの多民族国家が築かれていきました。

1942年:日本占領時代

第二次世界大戦中の1942年、マラヤは日本に占領されます。

日本がマラヤを占領したのは、敵対していた連合軍の海軍基地の占領や、石油や鉱物などの天然資源が目的でした。

また日本軍は華僑(中華系移民)を中心に粛清を行っており、現在でも中華系マレー人の中には日本に対して良い印象を持っていない方が多いです。

ちなみに日本はマラヤのイギリス軍に奇襲攻撃をかけたのち、ベトナム・インドネシア・カンボジア・フィリピンなど東南アジア諸国を次々に占領しています。

日本によるマラヤの占領は、敗戦するまでの3年間続きました。

1945年:再びイギリス植民地時代

第二次世界大戦が終わり、マラヤは再びイギリスの植民地になります。

イギリスは1941年に戦後はマラヤの独立を約束していましたが、戦争終結後もマレー半島を手放さず、マラヤを含めた周辺地域を連合させ、イギリス人総督が統治するマラヤ連合案を提案します。

そこでマレー人・中華系マレー人・インド系マレー人は独立運動を開始し、1957年にはマラヤ連邦としてイギリス領から独立しました。

約450年に及ぶ他国からの占領に終止符が打たれます。

ただマレー系原住民は農村部に多く貧しい生活を送り、中華系マレー人とインド系マレー人は商業・工業地帯に多く、さらに官僚層も多かったため、比較的豊かな生活を送っており民族格差がありました。

【参考:鶴見良行「マラッカ物語(1981)」p.310〜313】

1963年:マレーシア独立

マラヤ連邦として独立後、当時のラーマン首相はタイとインドネシアに対抗するため、現在のボルネオ島のサラワク州とサバ州、シンガポールを統合しマレーシアとして独立しました。

独立後もマレーシアは国を発展させるために、現在に至るまで様々な政策を促進しています。

【マレーシア政府の政策】

  • ブミプトラ政策(1971):
    生活格差のあったマレー人の地位向上を計るために行ったマレー人優先政策
  • ルックイースト政策(1981):
    日本の近代化や経済発展を手本とした教育や意識改革政策
  • マダニ政策(2023):
    投資誘致や税制改革などを行い、持続可能な開発や多民族社会の調和を目指す経済政策

ルックイースト政策では日系企業が一気にマレーシアへ進出し、マレーシアの経済発展の一旦を担いました。

さらにマレーシアは1997年のアジア通貨危機でも次々と緊急政策を打ち出し、経済の回復と安定を実現させています。

【参考:岩崎育夫「入門東南アジア近現代史(2017)」p.117】

1965年:シンガポール分立

当時、マレーシアのシンガポール州はマレーシア国内で唯一の先進地域であり、シンガポールの富がマレーシアに多く流れていたのが現実でした。

また中華系移民(華人)が圧倒的に多く経済も主導していたため、マレーシアとの意識のズレが広がり、マレーシアのブミプトラ政策でさらに対立が深まりました。

その状況で当時のマレーシア首相は、シンガポールをマレーシアから追放することを決断します。

追放という形でシンガポールは分立しましたが、シンガポールでは暴動も反対運動も起きず1965年に現在のシンガポール共和国が成立しました。

【参考】岩崎育夫「リー=クアンユー 西洋とアジアのはざまで(1996)」p.71〜72

マレーシアは現在の形になるまでに激動の歴史を経ており、その中に日本も関わっています。

現在では多民族国家として平和に成り立ち、親日家が多いことで有名ですが、マレーシアを訪れる際は歴史を知っておくことが大事です。

またマレーシアの歴史について知っておくことで、旅行や出張で訪れた際に観光地をより興味深くまわることができます。

他にもマレーシアは魅力的な要素がたくさんあります。

次の章では、マレーシアならではの魅力について紹介するので、マレーシアへの旅行や移住を考えている方はぜひ参考にしてみてください。

歴史と共に多民族国家を成立させたマレーシアの魅力

マレーシア歴史

マレーシアは長期滞在先として人気が高く、14年連続で移住したい国No.1に選ばれています。

日本人に人気のマレーシアですが、歴史を知らずしてマレーシアの魅力を語ることはできません。

そこで本章では歴史に触れつつ、マレーシアならではの魅力について以下3つを紹介します。

  1. 多民族の文化・習慣・宗教が混在している
  2. マレーシア国民のほとんどが英語を話せる
  3. 温厚で寛容。のんびりな人が多い

まだマレーシアに行ったことがない方や興味がある方は、ぜひ参考にしてみてください。

多民族の文化・習慣・宗教が混在している

マレーシアは長い植民地時代の移民政策の影響で、多民族が共存しています。

【マレーシアの三代民族】

  • マレー系(70%)
  • 中華系(23%)
  • インド系(7%)

さらにマレー系は複数の先住民族に分かれます。

【マレー系の先住民族】

  • カダザン族(サバ州)
  • イバン族(サラワク州)
  • ビダユ族(サラワク州)
  • オラン・アスリ(西マレーシア)

この他に、プラナカン・チッティ・ユーラシアンなどの混血グループの総称もあり、民族における習慣や宗教は細かく異なります。

またマレーシアを訪れると街ごとに建物の様式やレストランの特徴が違うため、各民族の特色を感じることができます。

旧正月やディパバリ(ディワリ)など各民族の行事は祝日として制定されており、お互いの文化を大事にしている点もマレーシアの魅力の1つです。

人種や宗教の違いによる対立もなく外国人に対しても寛容な国なので、マレーシアを訪れた際は快適に楽しむことができるでしょう。

マレーシア国民のほとんどが英語を話せる

マレーシアは長い間イギリスの統治下だったので、英語を話せる人が多いです。

マレーシア独立に向けた運動の中で1957年に国語をマレー語に制定したものの、その後10年間は英語も公用語として制定されました。

現在もマレーシアでは、国語に加えて英語の授業が小学校1年生から行われています。

民族間で言語も違うことから、ビジネスシーンや多民族同士の交流では英語を使うことがほとんどです。

そのためマレーシアは、アジアの中でトップレベルで英語能力が高い国として知られています。

温厚で寛容。のんびりな人が多い

マレーシア人は寛容な人が多く、日本人に比べるとのんびりでおおらかな性格をしています。

特にビジネスシーンではマレーシア人の性格を肌で感じることができるでしょう。

日本人よりも時間にルーズでミスも多いですが、ミスはお互い様という感覚という人が多いようです。

あくまでも一般的なマレーシア人の特徴なので、当てはまらない場合もあります。

民族によって違いもあり、マレー系はシャイで細かいことを気にしない人が多く、中華系は勤勉で時間を守る人が多く、日本人に似ています。

インド系は陽気で考えていることが表情に出やすく、身振り手振りも大きい人が多いです。

マレーシアは「人・文化・宗教・料理・建物」など、それぞれの特徴が異なるため、どこへ行っても何をしても楽しむことができます。

まとめ

旅行や移住先として日本人に人気のマレーシアですが、歴史を振り返ると波乱に満ちていることがわかります。

世界では様々な場所で人種や宗教で対立しているニュースを見聞きしますが、マレーシアは多民族が平和的に共存しているため、とても珍しい国と言えるでしょう。

歴史に翻弄されながらも、お互いを受け入れる寛容さを持つマレーシア人だからこそ今のマレーシアが成り立っているといえます。

マレーシアへの渡航を考えている方は、ぜひ本記事で紹介したマレーシアの歴史や魅力について知識を深め、マレーシアを楽しんできてください。

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